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vol1 酒井和哉先生 (輸血部 診療助教)

 Research Story, vol.1
奈良県立医科大学 輸血部 診療助教 酒井和哉先生
【blood】25 JUNE 2020/ Volume 135, Number26

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本年6月、血液学分野のトップジャーナルである【blood】(IF=17.543)に酒井先生の論文が掲載されました。今回は、論文の概要をお伺いすると同時に、本研究を進めてこられた動機、プロセスについてインタビューさせて頂きました。苦労された点やそれを乗り越えてこられたお話など、お伺いしたいと思います。

 



①今回の論文の概要について、専門領域外の方も理解できるようにご紹介ください。

→免疫原性血栓性血小板減少性紫斑病(Immune -mediated thrombotic thrombocytopenic purpura: iTTP)は、止血因子von Willebrand 因子の特異的切断酵素であるADAMTS13に対する自己抗体産生によって引き起こされる稀な致死的血栓症です。数多くの自己免疫性疾患において疾患感受性HLAと呼ばれるリスク因子が同定されており、欧州では既に白人iTTP患者における疾患感受性HLAとしてDRB1*11:01が同定されています。しかし、白人とは遺伝的背景の異なる日本人iTTP患者における疾患感受性HLAはこれまで十分に検討がなされておりませんでした。今回、奈良県立医科大学輸血部を主研究機関とした多施設共同研究を実施し、日本人iTTP患者においてDRB1*08:03が疾患感受性HLAであることを突き止めました。

 また、欧州からはDRB1*11:01を有する樹状細胞はADAMTS13分子のCUB2ドメイン由来のペプチド「FINVAPHAR」に対する親和性が高いことがin vitroの実験系において示されています。我々は日本人特有の疾患感受性HLAであるDRB1*08:03がコードするHLA-DR分子について、in silicoのHLA-ペプチド結合予測モデルを用いた解析を行い、高親和性ADAMTS13ペプチド「LFINVAPHA」を同定しました。驚くべきことに、DRB1*11:01およびDRB1*08:03由来のHLA-DR分子はそれぞれ異なったペプチド結合モチーフを有しているのですが、ADAMTS13のCUB2ドメイン由来の共通のペプチド「LFINVAPHAR」に対していずれも高い親和性を有することを発見しました。

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                 (酒井先生)
                                                                                                              

②この分野でのトップジャーナルである【blood】に論文が掲載された訳ですが、この研究が評価されたポイントをご自身はどのように考えておられるでしょうか。

→実は日本人iTTP患者における疾患感受性HLAを同定した時点で一度Brief reportとして【blood】に投稿しましたがrejectされています。Reviewerからのコメントは「白人と日本人iTTP患者においてそれぞれ異なる疾患感受性HLAを同定したが、なぜ異なるHLAが同じiTTPという病態を呈するのかが解明できていない」というものでした。結果的にはこのコメントからヒントを得て、意義のある追加検証を行うことができました。今回の採択のポイントは、異なるペプチド結合親和異性をもつ2つのHLA-DR分子がほぼ同一のADAMTS13由来ペプチドを認識しうることを証明できたことです。この研究は遺伝的背景の異なる人種間において何故同一の表現型の自己免疫性疾患を発症するのかという、根本的な問いに対する一つの答えになるのではないかと考えています。

 

③この研究を始められた動機、またどういうプロセスで進めて来られたのでしょうか。


→奈良県立医科大学輸血部は、1998年頃よりTTPセンターとして全国からの疑い症例の解析を継続して行っており、結果として世界最大規模のレジストリーデータを集積しています。このコホート研究は先代教授の藤村吉博先生、現教授の松本雅則先生によって立ち上げられ、20年がたった現在も継続されています。私は10年以上前の学生実習の際に輸血部で研修を受け、世界トップレベルの研究が進められていることに感動し、研究者としての道を志すようになりました。卒業後は大学院で引き続き研究をしたいと希望していましたが、松本先生から臨床に直結した研究を行うためには臨床での十分な経験が必要とのご助言を頂き、5年間倉敷中央病院で医師として研鑽を積んできました。その後、奈良県立医科大学輸血部へ戻り、このTTPに関連した研究に従事するようになりました。


本研究は、TTPの希少性から単施設での実施が困難なため、2017年から共同研究機関の協力のもと開始しています。多施設での遺伝子解析を行うためには、すべての参加施設の倫理委員会でプロトコルの承認を得る必要があり、まず当院の症例から症例集めをスタートし、最終的に19施設の協力を得て1年半をかけて52の症例を集めることが出来ました。また、HLA研究所の田中秀則先生には次世代シークエンサーを用いたHLA解析を実施していただきました。日本医科大学アレルギー膠原病内科の桑名正隆先生および金沢大学医薬保健研究域医学系革新ゲノム情報学分野の細道一善先生にはHLAデータの解析および解釈についてご協力をいただきました。

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                      (インタビュアー :木村先生)

 

④研究を進めるにあたって苦労されたことがあればご教示ください。

 

→多施設共同研究の実施責任者を担った経験はなく、プロトコルの作成が最初の関門でした。扱うデータがヒトゲノムデータだったためハードルも高く、本学をはじめ、他施設の倫理委員会の承認を得るため、機関ごとの指摘に合わせてプロトコルを変更したりする必要がありました。また、得られたHLAデータについて統計学的処理、データの解釈、in silicoでのHLA-ペプチド親和性予測など、これまで経験したことのないタスクをこなす必要があり、その都度、研究協力者を探し、協力をお願いするということが必要でした。

 
⑤今後予定されている研究について、ご紹介いただけますか。


→本研究は、in silicoでの解析結果にとどまっていますので、in vitroでの解析は不可欠と考えています。欧州で行われた研究を追試するのであれば、急性期のTTP患者の血球が必要になります。また、TTP研究をさらに進めるために、海外へ留学して知見を広め、帰国後も日本のTTP研究に貢献したいと考えています。

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    (インタビューの様子)

 


⑥本研究を進めるにあたっての謝辞があればご紹介ください。

→直接指導いただいていた松本雅則教授を始め、HLA研究所の田中秀則先生、日本医科大学アレルギー膠原病内科の桑名正隆先生、金沢大学医薬保健研究域医学系革新ゲノム情報学分野の細道一善先生、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業 血液凝固異常症などに関する研究班の前班長である慶応義塾大学臨床検査医学の村田満先生、そして、施設倫理委員会へのプロトコル申請および検体提供をご協力いただいた先生方には、この場を借りて深くお礼申し上げます。

以上

(インタビュー後記)
自ら研究を進めるにあたり、学外の専門家との連携を積極的に取られ、さまざまな知見を蓄積すると同時に研究を前へ進めてこられたことに感服いたしました。その間、ヒトゲノムデータの取り扱いなど、いくつものハードルを超えてこられたことが、論文掲載のポイントとなった新しい発見につながったように思います。海外での研鑽を含め、今後の一層のご活躍を期待したいと思います。

 

     (インタビュアー : 研究力向上支援センター 特命教授?URA 木村千恵子)

 

【blood】:米国血液学会(American Society of Hematology)が発行する
血液学分野でもっとも評価の高いピア?レビュー誌である。(外部サイトへリンク)

【酒井先生の論文はこちら】: 【blood】25 JUNE 2020/ Volume 135, Number26(外部サイトへリンク)

 

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